zenryurenの日記

留年した、また留年しそうな人々へ向けた留年生自身による体験談を交えたアドバイスを行うブログです。

5時限目:可能性と不可能性

あまり留年とは関係が無いお話になってしまうかもしれませんが、久しぶりにブログを更新しようと思います。

 

突然ですが、世の中は可能性であふれています。日々を忙しく生きている貴方にも、日々をダラダラと生きている貴方も、それはもうすごい可能性の中で生きています。

「んなことねぇべ。俺には可能性なんて何も無いんだ」そういう人も居るかもしれませんが、可能性で言えば無限大なのです。

今貴方が望めば貴方はアイドルになれるかもしれません。不可能とは言い切れません。

今貴方が望めば石油王になれるかもしれません。これもまた不可能とは言い切れません。

だから人は悩むのではないかな、と思うのです。あまりに可能性があり過ぎるのです。

小さいころからずっと「みんなには無限の可能性がある!!」とハッパを掛けられて生きてこられた方も多いと思います。間違っては居ません。可能性だけで言えば無限大であることは間違いではないでしょうが、可能性は可能性でしかありません。

「夢がねーな」そのとおり。私は皆さんに今一度夢を捨ててほしいと思っています。

どうしてそんな最低な事をいうのか!と言われそうですね。

夢を捨てろというのは、自己の再構成を行ってほしいのです。

ありもしない自分像を思い描き、成し得ない夢を抱えた人間の末路は恐ろしいものです。借金まみれになるよりも、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされるよりも恐ろしいものです。

だって、どんなにがんばったって人生の中で何も成せず、何者にもなれず、誰からも認められず、誰一人として貴方自身を認識しない世界になってしまうんですもの。

そんなばなな。しかしどうでしょう。オオカミ少年は嘘ばかりついたあげく誰にも相手にされなくなりました。貴方はうそつきじゃないかもしれませんが、成しえない目標を掲げ、成しえない自分自身を認められずに居ればどうなるでしょう。きっと貴方は嘘をつきます。「こんな筈じゃなかったのに」と。

その嘘は自分自身に対してのものかも知れませんし、他人に対してのものかもしれません。ひとたび同情されれば、ひとたび自分でそれを肯定してしまえば、どうなってしまうのでしょう。

貴方は立派なうそつきです。それも世界で最大の嘘をついてしまうのです。成しえない夢が孕んだ爆弾というのは恐ろしいものです。

可能性があるように人間には不可能性もあります。

可能性ばかりで自らを評価しようとすれば必ずやありもしない自分自身の像が出来上がってしまいます。

それが貴方自身を蝕んでゆくのではないかな、と思うのです。

私はどうかといえば、多少蝕まれたところで踏みとどまれた気がします。

不可能な事があり、それはあまりに身近で、無いと思って居たかったものです。

でもそんな不可能な事が自分自身を前向きにしてくれています。努力するにはできない事を認めるのが第一歩です。だから一旦夢を捨てて夢を再構成して自分が神様でもスーパーマンでもない事を認め、すべき事をし続けることでしか前には進めないのではないかな。というお話です。

 

自分の中で可能な域や、今の自分では達成不可能ながら、達成可能性がある事について努力をしましょう。

でなければ無駄な努力になって「こんな筈じゃなかったのに」と無計画な自分を棚に上げて文句を垂れる事になりますよ。